秋の信州の旅 2 江戸と加賀の中間点
秋の信州の旅 2 江戸と加賀の中間点
2日目の朝は、長野県飯綱(いいづな)町牟礼(むれ)にやって来ました。
国道18号線からちょっと脇に入ったところにある、「武州加州道中堺碑」です。
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ちょうど車が駐車できる小公園があり、「小玉古道を行く」という案内板がありました。
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この「武州加州道中堺」は、この地の地名をとって、「小玉(こだま)道中堺」ともいわれます。
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江戸時代初期に、加賀藩が建立したものです。
加賀藩が参勤交代に通った道は、江戸から中山道を通り、追分から北國街道に入り、加賀の金沢に至る120里(480キロ)となっています。
この道のりのちょうど中間点60里(240キロ)にあたるのが、こちら北國街道の牟礼宿のはずれなんだそうです。
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道中堺碑の横に、「真龍院歌碑」がありました。
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真龍院隆子は、加賀藩12代藩主・前田斉広(なりなが)の正室です。

   住みすてし跡の名残を思ひ出の
        そでに露そふ 旅の中道

天保9年(1838年)、江戸から金沢への旅の途中、中間点に至った感慨を詠んだものです(『越の山ふみ』)。
この碑は、10年ほど前、平成17年に建てられたということです。
道中堺碑といい、真龍院歌碑といい、歴史的にみて、重要なものですが、意外と知られていないようで、残念に思いました。
(つづく)
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by tokimekiroman | 2018-09-29 18:28 | Trackback | Comments(0)
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