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金沢検定、中級に合格しました!
目下、休眠中なんですが、書いておきたいことがあって、この記事を書いています。
いわば、番外編というところでしょうか。
・・・・・・・・・・
11月19日(日)に金沢検定試験があり、中級を受験しました。
実は去年も中級を受験しましたが、あえなく不合格。で、今年は2度目の挑戦です。
今年はそれなりに解答できたつもりでしたが、結果を見るまでは、なんともいえません。

で、きょう試験の実行委員会から通知が届きました。
結果は、88点で合格でした!80点以上が合格です。
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けさの北國新聞によると、合格したのは「中級は受験者325人中、18.8%の61人」で、平均点は65.43点、最高点は91点だったそうです。私は最高点には3点及ばず・・・。
去年の中級は、合格率が2.2%、平均点が57.02点、最高点が88点だったので、今年はいずれも去年を上回っています。
主催者の金沢経済同友会事務局は、「前回の試験である程度、出題傾向や難易度が分かったのではないか」といい、問題集が出版され、対策講座が設けられたことも点数が伸びた一因としています。
私の場合も、問題集を解き、対策講座を受講したことがよかったと思います。

このブログでも、金沢検定関連の記事を多数掲載してきましたので、「あいつはどうなったんだろう?」と心配される方もいらっしゃるかと思い、あえて番外編でご報告させていただいた次第です。
来年受験しようという方の参考になれば、うれしいです。
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by tokimekiroman | 2006-12-09 16:53 | Trackback | Comments(44)
金沢検定の参考図書(2)
金沢検定まであと20日余りとなりましたね。
私が読んだものの中から、金沢検定の参考図書として推薦できるものを集めてみました。
その(2)として、5冊掲げてあります。

五木寛之の新金沢小景
五木 寛之 テレビ金沢 / テレビ金沢

平成15年4月から2年間、テレビ金沢で放送された番組「新金沢小景」の内容に、散策に便利な情報を加えて、まとめたものです。
全100景に及び、金沢の細い路地の奥まで、五木寛之さんの案内で歩いているような気にさせてくれます。


利家とまつに学ぶ 北國新聞文化センター特別講座「続金沢学」
北國新聞文化センター / 北国新聞社

平成13年に北國新聞文化センターが開いた特別講座「続金沢学・加賀百万石物語~利家とまつに学ぶ」の講義内容にその後の新事実も追加して編集したものです。
織田信長に召抱えられた頃に始まり、多くの戦功を上げ、七尾城主、金沢城主、そして豊臣家の五大老にまでなった前田利家と、これを支えた妻・まつの生涯を詳しく分かりやすく描いています。


金沢城下町―社寺信仰と都市のにぎわい
藤島 秀隆 根岸 茂夫 / 北國新聞社

平成14年に開かれたシンポジウム「金沢城下町と社寺信仰」を中心にまとめたものです。
城下町の中で神社仏閣が果たした役割が解明されています。
また、城下の人たちが多彩な信仰をもって生きていたことが分かります。



おとこ川おんな川
北國新聞社編集局 / 北國新聞社
ISBN : 483301470X

平成17年、「北國新聞」に連載された「おとこ川おんな川」をまとめたものです。
おとこ川(犀川)とおんな川(浅野川)を対比させながら、金沢を論じており、二つの川の周辺に広がる地域の文化的土壌の違いなどを詳しく解き明かしてくれます。


よみがえる金沢城〈1〉450年の歴史を歩む
石川県教育委員会事務局文化財課金沢城研究調査室 / 石川県教育委員会
ISBN : 4833014661

イラスト、古地図、写真が豊富で、金沢城の変遷がビジュアルに表現されています。
たとえば、江戸前期の金沢城と江戸後期の金沢城を比較したイラストを見ると、前期には本丸に三階櫓、本丸御殿、四つの隅櫓がそびえ、華やかだったが、後期には、これらの建物は火災で姿を消し、代わって二の丸御殿が拡充されていったことが分かります。
各分野の専門家による解説文も豊富で、読んでも見ても楽しめる内容です。

その(1)は、こちらです。
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by tokimekiroman | 2006-10-27 22:43 | Trackback | Comments(0)
珠姫の寺・天徳院
時折り陽が差す良い天気に誘われて、自転車で遠出をしてみました。
犀川の自転車道を走って、下菊橋から一般道に上がり、小立野台地へ。
久しぶりに天徳院を訪れました。ここは「珠姫の寺」と呼ばれています。

珠姫(たまひめ)は、2代将軍・徳川秀忠の次女で、慶長6年(1601年)、わずか3歳で、金沢に来ました。
その頃、前田家謀反の噂が立ち、2代藩主・前田利長は謀反の意思がないことを示すため、母のまつ(芳春院)を人質として江戸に送り、かわりに、将軍の娘を弟・利常に貰い受けたのです。
珠姫は14歳で利常と結婚、3男4女を出産し、24歳の若さで亡くなりました。
3代藩主となっていた利常は、珠姫の死をいたく悲しみ、小立野の地に敷地4万坪の寺を建て、天徳院(珠姫の法号)と命名しました。
境内にたたずんで、珠姫がたどった数奇な運命を思い、複雑な気持ちになりました。

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天徳院山門

元禄6年建立で、金沢市指定文化財です。

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仁王尊像


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加賀・前田家の剣梅鉢紋


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天徳院本堂

本堂の中では、からくり人形が演じる「珠姫・天徳院物語」が披露されました。
残念なことに、撮影禁止でしたが、なかなかよくできていました。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
SMC PENTAX-F Macro 100mm/F2.8
金沢・小立野・天徳院
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by tokimekiroman | 2006-10-21 22:56 | Trackback | Comments(22)
「殿様の生活エピソード」を聞く
きょうも「れきはく」、県立歴史博物館に行ってきました。
兼六園周辺文化の森ミュージアム・ウィークの一環で、講演会がありました。
講師は、石川県立歴史博物館館長の徳田寿秋さん。
演題は「殿様の生活エピソード~第14代慶寧を中心に~」。

前田慶寧(よしやす)は、天保元年(1830)5月4日、江戸の加賀藩本郷邸に生まれた。父は13代藩主・前田斉泰(なりやす)。母は、11代将軍・徳川家斉(いえなり)の娘・溶姫ようひめ)。
慶寧(幼名・犬千代丸)の誕生を祝って、金沢の城下では、6月1日、2日に「盆正月」といって、作り物や祇園囃子、踊りなどで、前代未聞の賑わいぶりだったそうです。
・・・徳田さんは、この金沢独特の「盆正月」を復活させてはどうかと提案していました。

慶寧は天保13年、満12歳で元服し、将軍・家慶に謁見、将軍の一字をもらい、「慶寧」と名乗る。

満16歳の時、正室・崇姫(たかひめ、久留米藩主・有馬頼徳の娘)を迎えるが夭逝、次の正室・通姫(つうひめ、鷹司政道の養女)も夭逝。3人の側室のうち、筆(ふで、家臣・久徳嘉兵衛の娘)を最も寵愛した。

慶寧は、中肉中背、頑強ではなかったが、鷹狩りや乗馬、槍術を好んだ。
青年期の慶寧は、尊皇攘夷派の影響を受けたが、藩主になってのち、卯辰山開拓や西洋流軍備の改革、海外留学生の派遣など、加賀の近代化に貢献したということです。

・・・徳田さんのお話は、これまでになくユーモアにあふれるお話で、会場を沸かせていました。


で、前田慶寧のお話にちなんで、江戸の加賀藩邸に建てられた赤門の写真を・・・。以前に、撮影したものです。
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江戸・加賀藩邸の赤門(現・東大)

文政10年(1827)、加賀藩主・前田斉泰にとついだ11代将軍・徳川家斉の息女・溶姫のために建てられた朱塗りの御守殿門。国の重要文化財になっています。

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本郷・加賀藩上屋敷があった場所(現・東大)

溶姫がとついで、3年後に慶寧(犬千代丸)が生まれた訳ですが、当時の加賀藩上屋敷は、いま、東大の構内になっているんですね。

ちなみに、加賀藩中屋敷は、巣鴨御籠町(現・文京区本駒込)にあり、下屋敷は、板橋(現・板橋区加賀)にあったそうです。板橋には、「加賀小学校」があり、校章には梅(加賀藩は剣梅鉢の紋)がデザインされているそうです。
いつか、加賀藩ゆかりの場所をのんびり歩いてみたいものです。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX-F 35-105mm/F4-5.6
東京・本郷
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by tokimekiroman | 2006-10-04 20:43 | Trackback(1) | Comments(12)
「参勤交代」のお話を聞く
県立歴史博物館へ行ってきました。
常設展のスポット解説で、同館学芸専門員の長谷川孝徳さんのお話を聞いてきました。
会場に入ると、長谷川さん、なんとこんな姿!

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塗笠に二本差し!これから江戸へ参勤に旅立つような姿で、解説が始まりました。

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「加賀藩大名行列図屏風」


江戸時代の参勤交代は300藩が江戸と国許を往復していた訳ですが、加賀藩は百万石の大藩だっただけに、総勢約2,000名!日本一の長い行列だったそうです。
金沢から江戸へ行くには、北国街道を日本海沿いに進み、信州に入って、追分から中山道を通り、江戸(本郷の加賀藩上屋敷)に入ります。
その行程は、大体13泊14日!約2,000名が移動し、江戸に1年間滞在するのですから、現代のお金に換算して、ざっと3~4億円が消えたそうです。
全国300藩が参勤交代をするので、その消費するお金は計り知れず、江戸は人口100万の大消費都市になったのですね。

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長谷川さんの解説は大変分かりやすく、面白いお話でした。

博物館の受付では、係の女性も江戸の衣裳と明治の衣裳で客の応対にあたっていました!
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外は小雨模様でしたが、レンガ造りの博物館の周辺で、ちょっと撮影してみました。
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実は・・・
37年6ヶ月勤めていた会社を、先月末で定年退職となりました。
きょうから会社へ行く必要がなくなりました。

最初、ブログでは触れないでおこうと思ったのですが、生活パターンが大きく変わる訳で、いつかは分かるだろうと思い、今、白状?する次第です。
ブロガーの皆様には、これまでと変わらぬお付き合いをお願いいたしまする。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
SMC PENTAX-F Soft 85mm/F2.8
金沢・石川県立歴史博物館
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by tokimekiroman | 2006-10-02 22:45 | Trackback | Comments(36)
金沢検定の参考図書(1)
金沢検定試験まで、あと2ヶ月余りになりましたね。

あと2ヶ月間で、受験準備をする訳ですが、これまでに私が買い込んだ参考図書をまとめてみます。すでに、このブログで紹介したものもありますが。

買っただけで、まだ読んでいないものも多くあり、これから読まなければ・・・。

金沢検定300問ドリル
/ 時鐘舎

金沢検定試験を想定した300問のドリルの他、去年の第1回金沢検定試験で出題された問題(初級と中級)と回答が掲載されています。
私が受講した対策講座では、テキストとして使われました。
受験する人には、必読の本でしょう。


おもしろ金沢学
北國新聞社 / 北国新聞社

気質、風俗、食物、町、歴史の5つのテーマで、縦横に金沢を論じています。
たとえば、加賀万歳のルーツはどこか? 「じぶ煮」の名の由来は? 芋掘藤五郎の妻はどこから来たか? など、興味津々の話が次々と出てきます。(9月13日・追記)


石川県って、こんなとこ
金沢経済同友会 / 講談社

古代・中世から現代までの石川県について、全100話を見開き2頁で紹介しています。
加賀藩の参勤交代のこと、加賀騒動、「加賀の平賀源内」と言われた男、日本最後の仇討ちなど、面白い話題で楽しませてくれます。
金沢の話題も多く、「金沢検定」の参考図書として、役立つ内容です。(9月15日・追記)



図説 前田利家
図説前田利家編纂委員会 / 北国新聞社

「又左の槍」「府中三人衆」「金沢城入城」「五大老の日々」など、前田利家の一生を豊富な写真、資料を入れて解説しています。
そろばんを使いこなした利家、金春流の能を舞う利家、利休に茶を習う利家、・・・。「槍の又左」の知られざる一面をも知ることができる貴重な一冊です。(10月6日・追記)



新頑張りまっし金沢ことば
加藤 和夫 / 北国新聞社

「~まっし」「あんやと」「~がいね」「~げん」など、日常使われている金沢ことば。
その語源をさかのぼり、使われる背景についても解説しています。
単に紹介するのではなく、豊富な事例とエピソードで、読み物としても楽しめます。(9月17日・追記)
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by tokimekiroman | 2006-09-10 19:12 | Trackback | Comments(2)
金沢検定の第17回講座~歴史(最終回)
金沢検定の第17回講座に行って来ました。
1月28日に開講した講座は、きょうが最終回。季節は冬から春、夏、秋へ。よく通ったものです。
事務局の人の話によると、この講座の受講生は、117名。このうち、皆出席は18名だったそうです。私も皆出席の一人です。皆勤賞は出ませんでしたが・・・。

今回の講師は、前回に続き、石川県立歴史博物館学芸専門員の長谷川孝徳さん。
今回も模擬試験が実施されました。30問を15分で解くものです。前回の模擬試験より難しい問題が多く出ていました。
ちなみに、私は30問中20問正解。まだまだ勉強不足を感じました。

問題は、たとえば、こんなふうです。

(1)尾崎神社について誤っているものはどれか。
 ① 現在位置する場所は、加賀藩算用場があった場所である。
 ② 江戸時代は金沢城内北の丸にあった。
 ③ 寛永17年(1640)、前田光高が徳川家綱の許可を得て勧請した。
 ④ 江戸時代、東照宮あるいは権現堂と称された。

(2)加賀宝生という言葉があるように、加賀藩では宝生流が盛んであったが、前田家が宝生流を正式に採用したのは、誰の時代か。
 ① 前田利常
 ② 前田綱紀
 ③ 前田重教
 ④ 前田斉泰

(3)棋聖本因坊日海が創立した寺院は次のうちどれか。
 ① 慈光院
 ② 長谷院
 ③ 瑞雲寺
 ④ 本行寺

解答はこちら
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by tokimekiroman | 2006-09-09 22:45 | Trackback | Comments(14)
金沢検定の第16回講座~歴史
きょうは、金沢検定試験の第16回対策講座でした。
今回の講師は石川県立歴史博物館学芸専門員の長谷川孝徳さん。

この講座もあと1回で終わり、ということで、模擬試験問題が出され、それに取り組みました。
結果は・・・15問中13問正解!100点満点に換算すると、86点。
これで本番を占うことなど出来ませんが、対策講座の成果が出たのかなと、ちょっと嬉しい気持ちです。
長谷川さんのお話は、いつ聞いても面白いし、ためになります。

講座が終わってから友達2人(この講座で知り合った友達)と一緒に、香林坊大和7Fで開かれている古書展に行って来ました。

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この古書展は、先日、片町の店で知り合った 近八書房の近八さん ら7店舗が出品しているそうです。
会場で、近八さんと会い、アドバイスを受けて、金沢の歴史に関する本を買って来ました。

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1冊は、先日の対策講座で講師の東四柳さんが紹介していた「ふるさと石川歴史館」(北國新聞社)です。ビジュアル版で、眺めて楽しみながら、知識も入りそうな本です。

もう1冊は、私の好きな作家の一人、南原幹雄さんの「百万石太平記」(新人物往来社)。帯に「加賀百万石の存亡を賭けた前田利長と徳川幕府の激闘」とあり、頭が疲れた時に読むと楽しめそうな感じです。

「金沢検定」はこちらです。

金沢検定
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by tokimekiroman | 2006-08-26 18:42 | Trackback | Comments(4)
金沢検定の第15回講座~歴史
金沢検定の第15回講座に行ってきました。
今回の講師は、金沢学院大学教授の東四柳史明さんです。
この中で、いよいよ検定試験が近づいてきたこともあって、読んでおくといい書物をいくつか挙げて頂きました。

「加賀能登の歴史」(若林喜三郎編著、講談社)
 石川県の歴史について、基本的なところを押さえた書物です。
「石川県の歴史」(北国出版社)
新版「石川県の歴史」(高沢裕一編、山川出版)
「図説 石川県の歴史」(高沢裕一編、河出書房新社)
「ふるさと石川歴史館」(北国新聞社)
「ふるさと石川」(石川県教育委員会)
 県内高校の先生が分担執筆。高校の教科書として使用されています。
「金沢城下町~社寺信仰と都市のにぎわい~」(北国新聞社)

東四柳さんは「編者によって、重点を置くところが違っており、何冊かの本を読むことで幅広い知識が得られる」と話していました。

試験までに、このうち何冊読めるだろうか?

お話の中に出てきた「七稲地蔵」です。
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七稲地蔵


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「安政の飢饉」の折り、金沢の町民が卯辰山の上からお城に向かって、
「ひもじいわいや~!」「米くれまいや~!」と大声で叫んだそうです。
一揆の首謀者として、7人が捕縛され、打ち首になりました。今の世の中では考えられません。
のちに、その7人の供養のために作られたお地蔵様です。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
金沢・東山1丁目・寿経寺・七稲地蔵
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by tokimekiroman | 2006-08-12 22:57 | Trackback | Comments(2)
観音院の「四万六千日」
きょうは朝から暑い1日でした。
朝早く、東山1丁目の観音院に参詣してきました。「四万六千日」のお参りです。

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「四万六千日」の張り紙

「四万六千日」。この日にお参りをすると、四万六千日、実に126年間毎日お参りしたのと同じご利益があるといわれています。

観音院では、毎年旧暦の7月9日に行われていて、今年は新暦の8月2日、きょうなのです。
で、妻と一緒に参詣して来ようということになった訳です。
厳しい夏の日差しのもとを歩いていると、あちこちに「四万六千日」を知らせる張り紙が目につきます。

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「四万六千日」の縁日に掲げる五色の旗

家の前に、五色の旗が掲げられています。地元の人に聞くと、「四万六千日」の日には、この旗を掲げているそうです。長年にわたって、人々の間に、深く根付いていることを感じさせられました。

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観音坂

「観音坂」という長い坂を上っていくと、ようやく観音院に着きます。

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真言宗・長谷山観音院

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観音院の本堂でお参りをしたあと、境内で縁起物のトウキビ(とうもろこし)を買いました。

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これを家の玄関先に吊るしておくと、家内安全、商売繁盛のご利益があるということです。

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帰宅して、さっそく家の玄関先に吊るしました。ご利益のほどは、どうでしょうか。

ところで、東京・浅草の浅草寺でも「四万六千日」の縁日がありますが、ほおずきが売られています。
なぜ、金沢ではとうもろこしで、浅草ではほおずきなのか、疑問が湧くところですが、北陸大学の小林忠雄教授によると、浅草寺でも以前はとうもろこしを売っていたが、後にほおずきに変わったのだということです。
古くからの年中行事が今も金沢に伝わっている・・・。これは大切なことなのだ、と思いつつ、蝉しぐれを聞きながら、帰って来ました。

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ちなみに、来年の観音院の「四万六千日」は8月21日(火)です。

浅草の浅草寺では、毎年新暦の7月10日が「四万六千日」で、新暦の7月9日と10日にほおずき市が開かれています。
東京では、新暦に切り替えられた年中行事が金沢では旧暦のまま受け継がれているのです。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
金沢・東山・観音院
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by tokimekiroman | 2006-08-02 22:29 | Trackback(2) | Comments(22)