平家一門の菩提寺・城福寺~越前市
JR武生駅を出発した我々が最初に訪れたのは、城福寺というお寺でした。
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境内に入ると、まず大きな桜の木が目に入ります。
継体天皇ゆかりの「花筺(はながたみ)の桜」といわれる名木の何代目かになるそうです。
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なぜ「花筺の桜」といわれるのか。その由来については、あとでふれるとして・・・。
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桜はもう散りはじめ・・・。苔の上に花びらが散っています・・・。
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お寺の住職さんのお話を拝聴しました。
それによると・・・
城福寺は、桓武天皇の皇孫、池大納言頼盛(よりもり)の長男、平保盛(やすもり)が鎌倉時代に開いた寺院です。現住職の池保(たもつ)さんは、桓武天皇から数えて、平家第36代の当主になるそうです。
「平家は壇ノ浦で全滅したのでは?」と思いつつ、聞いていると・・・
平家一門が源平の戦いでことごとく西海に没した時に、池大納言頼盛の一族だけが残ったのは、源頼朝が特別のはからいをしたのだということです。
これに先立つ平治の乱の際、池禅尼(池頼盛の母)が平家に捕えられた当時わずか6歳の源頼朝の命乞いをしたのです。
このため、頼朝はこの恩を忘れず、頼盛一族を厚遇し、今日に至るまで血脈が保たれたのだということです。

頼盛はその後、仏門に入り、その子、保盛が越前に来て、城福寺を建立したそうです。

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住職さんの案内で、庭園を見せて頂きました。
国指定名勝の「城福寺庭園」。
江戸時代中期の元禄年間に作られた借景築山式枯山水の苔庭で、正面に「花筺の桜」の大木が見事な枝ぶりを見せていたそうです。この大木は昭和38年の「三八豪雪」で倒壊してしまったのですが。

江戸時代は、この桜を見るために、越前松平福井藩主が見物に来られたそうです。
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藩主の御成り座敷が今も残されています。

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藩主が坐った場所から庭園を眺めてみました。
かつては見事な枝ぶりの「花筺の桜」がここから眺められたものでしょう。

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福井県越前市 城福寺 花筺の桜 庭園
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by tokimekiroman | 2008-04-08 00:07
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