いし曳きの道・小立野寺院群
金沢城と兼六園から見て、東南の方角にほぼ一直線に伸びる道。それが「いし曳きの道」です。
金沢城築城の折り、戸室山に産出する戸室石を運んだ道です。それで、「いし曳きの道」といわれています。現在も「石引」の町名が残っています。
この道の横を「辰巳用水」が通っています。
「いし曳きの道」の両側にお寺が集められていて、「小立野寺院群」と呼ばれています。天徳院を拝観したあと、お寺巡りをしてみました。

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「いし曳きの道」(石引通り)

戸室山からこの道を経て運ばれた石が金沢城の石垣に使われています。


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経王寺

慶長6年(1601年)、3代藩主・前田利常の生母・寿福院が創建した日蓮宗のお寺です。


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馬坂

小立野台地から浅野川の方へ下る坂です。


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高源院

開山の春尭和尚が初代藩主・前田利家の息女・福姫の親類になったことを感謝して、寛永18年(1641年)大豆田に建立、万治2年(1659年)、現在地に移転したものです。福姫の戒名から「高源院」としたそうです。


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宝円寺

初代藩主・前田利家が建立した曹洞宗のお寺です。
利家が越前府中にいた頃、帰依していた府中の宝円寺が能登七尾、加賀金沢と、利家とともに移転してきたお寺です。


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前田家の家紋・剣梅鉢



境内には、ホトトギスの花が咲いていました。
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今回紹介したお寺は、三つとも前田家ゆかり。天徳院も含めて、前田家にゆかりのあるお寺が多いのに驚きました。

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金沢・いし曳きの道・小立野寺院群
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by tokimekiroman | 2006-10-25 22:55 | Comments(21)
Commented by yoas23 at 2006-10-26 07:51
お城の石垣の石を運んだ道ですか、昔は重機も無かったから大変だったでしょうね。
1本の大木ですら引っ張るのに何十人もの労力が必要ですからね。
改めて城造りの大変さを知りました。
Commented by 風の旅人 at 2006-10-26 08:37 x
信長は叡山焼き討ちや一向宗の弾圧を進めましたが、利家は、過去の教訓を生かし宗教との融和策を進め味方に取り込んだ感じですね。
城の周辺地域に寺院群を配置したのは防御の意味合いが強かったのでは?
Commented by NIKON∞ at 2006-10-26 19:20 x
大名家がいろんな宗派の仏教を受け入れていたことには,何かがあるのでしょうね。風の旅人さんがおっしゃられる通りかも知れませんね。ホトトギスの花もいいですね。綺麗に写ってます。
Commented by ironsky at 2006-10-26 20:28
石引通りを一見しただけでは、もう昔の名残はありませんね。
ここをどんなふうにして石を曳いたのか、想像すると楽しいものです。
石段のある坂道など、風情があって良いものです。
Commented by namazu_5757 at 2006-10-27 08:49
なにげなく眺めている石垣も、山から切り出し引っ張って来たのですね。過酷な仕事が想像できますが、人間の知恵も相当なものですね。
地球上の生き物の中で城なんてでっかいものを作れるのは人間だけですね。
Commented by くてくて at 2006-10-27 17:13 x
町名の由来は知りませんでした。
ピンク桂のホトトギスもかわいいですね。
Commented by くてくて at 2006-10-27 17:13 x
失礼。
ピンク桂ー>ピンク系
Commented by kawa at 2006-10-27 19:50 x
居ながらにして、金沢の町めぐりが、できそうです。
Commented by hibiki0213 at 2006-10-28 13:33 x
tokimekiさんの写真には本当に癒されます。
金沢には沢山のお寺があるのですね。
どれくらいあるのでしょうか。

私の家の庭にもほととぎすがあります。
名前がずっとわからなかったのですが、やっと名前がわかりました。


Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:05
▼ yoas23さん、こんばんは♪
石の下に丸太を敷いて、綱で引っ張ったようです。
大変な労力がかかったでしょうね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:10
▼風の旅人さん、こんばんは♪
いざ戦、ということになれば、砦になるとの狙いがあったようです。
お寺にも軍事的意味を持たせた訳で、巧みな町割ですね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:15
▼NIKON∞さん、こんばんは♪
利家は曹洞宗でしたが、寿福院は日蓮宗だったんですね。
このあたりは、曹洞宗のお寺が多いです。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:20
▼ ironskyさん、こんばんは♪
そうですね。ごく普通の道ですから、ここを石垣になる大石が運ばれたとは意外ですね。
金沢は坂の町で、こういう車が通れない小さい坂がたくさんあります。

Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:30
▼ namazu_5757さん、こんばんは♪
山から石を切り出して、運んだので、「石引」。
港から木材を川に浮かべて引いたので、「木曳川」。
一つのお城を作るのは、大変な事業だったんですね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:32
▼ くてくて さん、こんばんは♪
ホトトギスの花、参道の横にひっそりと咲いていました。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:34
▼kawa さん、こんばんは♪
あまり知られていないところもあり、どうしようかなと思ったんですが、とりあえず紹介してみました。
楽しんでいただければ幸いです。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-28 21:54
▼hibiki0213さん、こんばんは♪
うれしいコメントありがとうございます。
金沢には、江戸時代の記録で、お寺が250ほどあったそうです。当時の人口が約12万人ですから、お寺が多い町だったんでしょうね。

hibiki0213さんのおうちにもホトトギスがあるんですか!実は、わが家にも咲いています♪
Commented by akashiahime at 2006-10-28 23:07
金沢に生まれたのに金沢を何も知らない私には、毎日(最近は隔日?)
金沢を学べるのでとても楽しいです!
宝円寺のお茶会に行ったことがあります♪
Commented by tokimekiroman at 2006-10-29 00:22
▼ akashiahimeさん、こんばんは♪
私もいま勉強中でして・・・。
金沢検定の参考図書を読みながら、そこに登場する場所を訪問するのも楽しいものです。
Commented by 花輪散華 at 2006-10-29 19:47 x
ときめきさん、お久しぶりです。
宝円寺・馬坂は生まれ育った家の近くなので、懐かしく拝見しました。
宝円寺は子供の頃夏の盆踊りの会場でした。櫓が建てられて、結構大きな盆踊りでした。馬坂は今のように階段など無くて、急で滑りやすい坂でした。途中にお不動山があって、美味しいお水が飲めるんですよ。今はどうなんでしょうね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-30 19:48
▼花輪散華さん、こんばんは♪
お久しぶりです。
こちらは、生家の近くでしたか!懐かしく感じて頂き、ありがとうございます。
馬坂の途中にお不動さん、ありましたよ。写真、撮っておけばよかったですね。
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