珠姫の寺・天徳院
時折り陽が差す良い天気に誘われて、自転車で遠出をしてみました。
犀川の自転車道を走って、下菊橋から一般道に上がり、小立野台地へ。
久しぶりに天徳院を訪れました。ここは「珠姫の寺」と呼ばれています。

珠姫(たまひめ)は、2代将軍・徳川秀忠の次女で、慶長6年(1601年)、わずか3歳で、金沢に来ました。
その頃、前田家謀反の噂が立ち、2代藩主・前田利長は謀反の意思がないことを示すため、母のまつ(芳春院)を人質として江戸に送り、かわりに、将軍の娘を弟・利常に貰い受けたのです。
珠姫は14歳で利常と結婚、3男4女を出産し、24歳の若さで亡くなりました。
3代藩主となっていた利常は、珠姫の死をいたく悲しみ、小立野の地に敷地4万坪の寺を建て、天徳院(珠姫の法号)と命名しました。
境内にたたずんで、珠姫がたどった数奇な運命を思い、複雑な気持ちになりました。

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天徳院山門

元禄6年建立で、金沢市指定文化財です。

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仁王尊像


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加賀・前田家の剣梅鉢紋


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天徳院本堂

本堂の中では、からくり人形が演じる「珠姫・天徳院物語」が披露されました。
残念なことに、撮影禁止でしたが、なかなかよくできていました。

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
SMC PENTAX-F Macro 100mm/F2.8
金沢・小立野・天徳院
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by tokimekiroman | 2006-10-21 22:56 | Comments(22)
Commented by yoas23 at 2006-10-22 09:21
3歳で加賀へですか、さぞかし親元が恋しかったでしょうね。
現代では考えられないことですが、昔は良くあったようですね。
14歳で結婚、24歳で死去何と短い人生でしょう。
寿命が短かった昔でもあまりにも短いですね。
そんなことを考えながらの拝観では、やはり複雑な心境になりますね。
Commented by NIKON∞ at 2006-10-22 12:25 x
私も同感です。昔は,こういうことがたくさんあったのですね。珠姫の数奇な運命を思い,手を合わせるしかありません。合掌。
お写真はいつもながらにとても綺麗です。このクリアな写りは最高でございます。
Commented by siawasekun at 2006-10-22 17:26 x
天徳院、何か、親しみを感じるところです。

「珠姫の寺」ですか、・・・。
地域のこういうもの、大切にしたいものですね。
Commented by akashiahime at 2006-10-22 20:12
今日、珠姫の話をたまたま古九谷窯跡に行きましたが、バスの中で珠姫の話を聴きましたよ!
Commented by 小池直行 at 2006-10-22 21:17 x
せめて夫と子供に愛されていたであろうことを想います
Commented by degdate at 2006-10-22 21:49 x
今晩は、
三代利常が珠姫の為に建てた天徳院さん4万坪とは可也広いお寺さんですネ。
本堂で行われるからくりの演技拝見したいですね。
Commented by gonkappa at 2006-10-22 22:43
あまりにも短い人生ですが、このような立派なお寺を建立し弔ったということで、利常ですかご主人に本当に愛されていたことがせめてものなぐさめでしょうか。写真はスッキリと目が覚めるようです。
Commented by OM1ユーザー at 2006-10-22 23:21 x
池上本門寺に利常の生母寿福院の建てた層塔があり撮りましたが、利長と利常とは異母兄弟だったのでしょうか。

歴史の重みを感じさせるお寺ですね。特に山門が素晴らしいですね。
Commented by 風の旅人 at 2006-10-22 23:28 x
自転車で小立野台までのぼったのですか!
元気ハツラツですネ・・・・♪
ところで自称音楽評論家て誰でしょう?
気になりますね、ひょっとしたらN先生では?
Commented by くてくて at 2006-10-23 12:55 x
からくり人形の芝居、セットもなかなか立派でよかった覚えがあります。
仁王像、迫力あるショットですね!
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 17:51
■ yoas23さん、こんばんは♪
百万石まつりの行列では、利常と珠姫が登場しますが、今度からは、そういうことも思いながら、見てみようと思います。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 17:54
■NIKON∞さん、こんばんは♪
人質交換や政略結婚は戦国時代や江戸時代には多くあったようですが、具体的な話を聞くと、考えてしまいますね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 18:02
■siawasekunさん、こんばんは♪
天徳院の敷地4万坪というのは、兼六園よりも広いそうです。
利常が珠姫を大事にしていたことが伺われます。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 19:56
■akashiahimeさん、こんばんは♪
珠姫ですか。偶然ですね!
わずか10年で、7人の子を産み、精一杯生きて、亡くなったのですね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 19:58
■小池直行さん、こんばんは♪
そうですね。夫に愛され、子どもたちに慕われ、短いながらも幸せな人生であったろうと思いたいですね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 20:05
■degdateさん、こんばんは♪
上にも書きましたが、兼六園よりも広いんです。
からくり人形の芝居、面白かったですよ。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 20:38
■ gonkappaさん、こんばんは♪
そうですね。夫・利常は、こちらの天徳院のみならず、高野山にも天徳院を作り、珠姫の遺髪を納めて弔ったそうです。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 20:57
■OM1ユーザー さん、こんばんは♪
そういえば、前に、OM1さんのブログで見せて頂きましたね。
2代藩主・利長は利家の正室・まつ(芳春院)の子ですが、利長に男子が生まれず、利家の側室・千世(寿福院)の子、利常が3代藩主に就いたんですね。
寿福院は、藩主の母として、人質で江戸に行きました。それで、池上本門寺へ参詣したのでしょうね。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 21:02
■風の旅人さん、こんばんは♪
笠舞から小立野へ上がる道は急なので、自転車を押しながら行きました。
けれど、帰りは楽チンでしたよ。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 21:09
■くてくてさん、こんばんは♪
くてくてさん、あの芝居、見たことあるんですか。さすがですね!
からくり人形で、ああいう芝居が出来るとは、凄いですよね。
仁王像は手前に金網があるんですが、望遠レンズで被写界深度を浅くしたので、どうにか撮れました。
Commented by はま at 2006-10-23 21:32 x
こんばんは。
天徳院といえば門前にある「小立庵(しょうりゅうあん)」という手打ち蕎麦屋をご存知でしょうか?天徳院門前唯一の商店ですがここがなかなかうまいのです。セットが中心ですが蕎麦はもちろん一緒に出てくるてんぷらや刺し身まで全部おいしいというなかなか侮れないお店です。
まともな飲食店が少ない小立野周辺では一番のお勧めです。お昼に行っても大抵すいてますし(笑)。
ただ前回、お盆に行った時は若干味が落ちた気がしてその後を心配しているのですが・・・・。
Commented by tokimekiroman at 2006-10-23 22:03
■はまさん、こんばんは♪
小立庵ですか。ちょうど前を通りかかったのですが、お昼時でもなかったし、そのまま通り過ぎました。
そんなに美味しい店なのなら、惜しいことをしました。
今度、行ってみます。情報、ありがとうございました。
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