錦城山(大聖寺城址)・・・加賀市
先日、片山津温泉の花火を見に行った折り、北陸自動車道の加賀ICを下りてから、大聖寺の町に立ち寄ってみました。
ここは、藩政時代は加賀百万石の前田氏の支藩、大聖寺藩(10万石)の城下町です。

かつて大聖寺城があった錦城山(標高約67m)に登ってみました。あまり人が登った形跡はなく、夏草が生い茂った道が続いています。

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夏草が茂る山道


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慶長5年(1600年)、あの関ヶ原の合戦の折り、徳川方についた前田利長が大聖寺城に立て籠もる豊臣方の山口玄蕃を打ち破り、山口父子は討ち死にしました。

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大聖寺城本丸跡


その後、前田利長は大聖寺城に城代を置いていましたが、元和元年(1615年)、幕府の「一国一城令」により廃城となってしまいました。

そして、藩政時代は、「お止め山」として、一般の人の入山が禁止され、その結果、鹿や猪も生息する自然の山に戻ったということです。

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自然が残る錦城山


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ところで、大聖寺といえば、あの「日本百名山」で知られる深田久弥が生まれた町。
錦城山のすぐ近くに久弥の生家があります。

「私のふるさとの山は白山であった。白山は生家の二階からも、小学校の門からも、鮒釣りの川辺からも、泳ぎに行く海岸の砂丘からも、つまり私の故郷の町のどこからでも見えた。真正面に気高く美しく見えた。・・・」

「日本百名山」の「白山」の章に久弥はこう書いています。

私は、<少年時代の久弥は、きっとこの錦城山に登ったに違いない。もしかすると、この小さな山が久弥の山行の最初だったのかも知れない>と思いながら、夏草が茂る山道を踏みしめて登ったのでした。

「百名山」ファンなら、「深田久弥山の文化館」をのぞいてみても面白いでしょう。

「深田久弥 山の文化館」

追記:この日は、白山の姿が撮れませんでした。
それで、昨年の秋、赤兎山から見た白山をご紹介します。

「赤兎山登山道を歩く」

PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX DA12-24mm/F4ED
加賀市・錦城山(大聖寺城址)
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by tokimekiroman | 2006-08-28 21:41
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